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 4.草薙神社の境内を案内されて

(清水歴史探訪より)

森さんに、境内をご案内いただきました。

入り口近くに立つのは、日本武尊(やまとたけるのみこと)の像です。
「最近の物で、こことか、矢倉神社さんなんかにもあります。これは、日本武尊(やまとたけるのみこと)を想像してつくった像なんです。」
「あの手に持っているのが・・・・」
「剣(けん)ですね。右手が火打石(ひうちいし)で、左手が剣ですね。」
「火打石(ひうちいし)も持っているんですか。」
「そうですね。草を薙ぎ払って向かい火を討ったということです。
草を薙ぎ払っただけじゃなくて、逆に火を放ったということで、それで難を逃れたと言われています。」
「それが、この『草薙』という地名の謂れ(いわれ)になるわけですね。」
「はい。ですから、日本武伝説の中では本当に色んな伝説がありますけれども、草薙神社ですので、草薙説をとりますが、ご存じの通り焼津説とか、相模でもそういうのがあったのではないかという、相模説もあると伺っております。」
「神社の鳥居をくぐって階段を上がって来ますと、見えてくるのがこの楠ですね。」
 「はい。これが神社の御神木(ごしんぼく)と言われて、樹齢千年あまりと言われまして、樹木の高さは、15mくらいと言われています。
 一般的にはあまり大きなものとは思えないんですけれども、実は今この樹木の根元に、御社(おやしろ)がありますけれども、ここは樹木の樹芯(じゅしん)が朽ち果てて、外皮というんですか、それを残すのみとなってしまっております。
 しかし、それでもまだ生きている部分がありまして、高さは15メートルぐらいしかありませんけれども、御神木としてパワースポットとなっております。」
 「上の枝の方は、青々と葉が茂っていますね。」
 「そうですね。まだ元気に生きておりますけれども、下の方は本当にもう樹皮だけになってしまいまして、枯れたような形になっております。
 この枯れた形の樹皮なんですが、意外とこれが色んな形に見えるのです。龍に見えたり、いろんな形でそれぞれの方の感覚で見ることが出来ると思います。昭和37年に、旧の清水市の指定で、文化財の天然記念物に指定されております。」
 
「この神社と、それからこの町の変遷を見守ってきた御神木ですね。」
「そうですね。かなり古いものでございます。境内には、鶯(うぐいす)を始めとして色々な鳥もたくさんおりますし、昆虫なども、カブトムシ等も夏になると飛んできたりしています。」
 「この門は、なんと・・・。」
 「これは隋身門(ずいじんもん)といいまして、右大臣、左大臣といいまして、神社を、神様を守る方が鎮座しているものでございます。
 正面向かって、右手に赤い衣を着た方がいらっしゃいます。これが左大臣。
 向かって左にいる方が青い衣をまとって、これが右大臣でございます。
 神様から見たのと私達が見たのとは反対になりますので、神様から見て左、右という形になっています。狛犬(こまいぬ)とか神様を守っているものですね。」
 「その門を入ってきますと、正面が、これが拝殿になるんでしょうか。」
 「そうですね。拝殿になりまして、ここで色んなお願いごとをする、神事を行う場所なんです。」
 「御神体というのは、この中にあるんでしょうか。」
 「そうですね。拝殿の奥に御本殿というのがございまして、この御本殿は1年に1回、例祭の日に外陣(げじん)といいまして一番外の入り口を開けますが、内陣は開けることがありません。
 
 そこに御神体が鎮座しております。
 拝殿の中に、日本武尊が殺されそうになった時の想像図でございますけれども、それぞれ描かれたものが2点ほどあります。
 
 その奥に『草薙神社』という名前が入った額があるんですけども、これは15代将軍徳川慶喜公が書いた『草薙神社』という字であるということは間違いないということで、原本は本殿の中にありまして、これは模写したものを彫ったものでございます。」
 「はい。その奥に祭壇になっていますけれども、ここに鏡があるようですが。」
 「これは、御神鏡(ごしんきょう)、神様の管理する鏡から手前が、私達人間がご奉仕するところで、向こうは神様が鎮座しているところですので、神域とされております。」
 「ここが、人の世界と神様の世界の境目になるわけですね。」
 「はい、そうですね。」
 「ここは、何人(なんぴと)たりとも入れないという。」
 
        拝殿の奥の御本殿
 「そうですね。私も神主になって40年になりますけれども、草薙神社に戻ってからも20年近く経ちますけれども、一度も内陣は開けたことはございません。
 昭和のときに、本殿が瓦屋根だったものを銅板に葺きかえたときに、御神体が入っているときに工事を行うことができないので、神様を移して拝殿の方に移しまして、本殿の修理をしたというときに、一度だけ、本殿の内陣を開けて神様を移したということが分かっております。」
 「それ以外は、一切開けることはなかったという。」
 「はい。私が生きている間は、たぶん開けることがないと思います。」
「この拝殿の右手のほうにも御社(おやしろ)がございますが、これは何ですか。」
 「これは全国各地の御社(おやしろ)が祀られております。
 と言いますのは、今と違って昔は交通の便も悪いものですから、全国各地の大きな御社(おやしろ)は行けないということで、ちょうど南側と北側の両方に分かれて、全国の有名な神社が祀られています。
 特に北側にあります、右側の天皇社(しゃ)というのは、日本武尊のお父様でございます、第12代景行天皇を祀られた御社(おやしろ)があります。もともとこの御社は、天皇原公園の近くにあったといわれていたのですが、昭和の時代に開発が進むにつれて、御神体をこちらに持ってまいりまして、御社殿に祀られるようになっています。」
拝殿の左手のお社(やしろ)
拝殿
 
拝殿の右手のお社(やしろ)
 「そうしますと、この御社(おやしろ)にお詣りすることによって、全国の主な神社にも参詣したことになるわけなんですね。」
 「はい、そうですね。いろんな神社があります。いろんな御社(おやしろ)、住吉神社とか、子安神社とか、あるいは厳島神社さんとか浅間神社さんもあります。いろんなお願いごとがあります。例えば子供さんが元気に生まれる、ということであれば、子安神社さんとか、お願いごとによって神社を選ぶことができるのです。そういった形でお詣りいただければとよろしいかと思います。」
住吉神社
 
 住吉神社(すみよしじんじゃ)は、主に住吉三神を祀る神社であります。住吉三神とは、底筒男命(そこつつのおのみこと)・中筒男命(なかつつのおのみこと)・表筒男命(うわつつのおのみこと)であります。海上の守護神,外交の神,和歌の神とされます。
 住吉神社は、日本全国に約600社あります。
子安神社 (伊勢市)

 子安神社(こやすじんじゃ)は、伊勢神宮皇大神宮(内宮)の所管社(やしろ)です。内宮の宮域内、宇治橋東詰から東に進むと衛士見張所があり、見張所付近に大山祇神社と並び鎮座しております。この子安神社は、宇治館町の産土(うぶすな)の神といわれています。安産や厄除けの神として、多くの人が訪れます。
厳島神社

 厳島神社は、広島県廿日市市の厳島にある神社。古くは「伊都岐島神社」とも記され、全国に約500社ある厳島神社の総本社です。
 潮が満ちてくるとあたかも海に浮かんでいるようです。背後の弥山の緑や瀬戸の海の青とのコントラストはまるで竜宮城を思わせる美しさです。
浅間神社(あさまじんじゃ)
 
 富士山を信仰対象とした神社。木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)を祀(まつ)る。「あさま」が本来の呼称であるが、最近は「せんげん」とよぶ場合が多くなっている。初め富士山の周辺、駿河(するが)(静岡県)、甲斐(かい)(山梨県)両国に多く創建され、のち全国に及び、現在約1300社ある。
 
 「庶民のためにも、これはありがたい御社(おやしろ)ですね。」
 「そうですね。今と違って交通の便も悪かったために、全国回れないところは、ここでお参りすれば全国各地をお参り出来たということになりますよね。」
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税理士法人森田いそべ会計
〒424-0816
静岡市清水区真砂町4-23
TEL.054-364-0891
代表 森田行泰
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社員 磯部和明
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1.各種税務相談・税務申告
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■日本公認会計士協会所属
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