仙台とは、商店街の規模も違う清水でしたが、他に負けない特徴もあります。
「仙台、それから平塚、清水とよく言われていましたけれども。」
仙台の七夕まつり
仙台七夕は、古くは藩祖伊達政宗公の時代から続く伝統行事として受け継がれ、 今日では日本古来の星祭りの優雅さと飾りの豪華絢爛さを併せ持つお祭りとして全国に名を馳せております。
七夕まつりは本来、旧暦7月7日の行事として全国各地に広まっていました。 仙台七夕まつりでは、その季節感に合わせるため、新暦に1ヵ月を足した暦である中暦を用い、現在の8月6日から8日に開催されています。
期間中は、仙台市内中心部および周辺商店街をはじめ、 街中が色鮮やかな七夕飾りで埋め尽くされ、毎年200万人を超える多くの観光客にお越しいただいております。
仙台七夕まつりに欠かせないのが、七つ飾りといわれる小物たちであります。短冊(たんざく:学問や書道の上達)・紙衣(かみごろも:病気や災難の厄除け、裁縫の上達)・折鶴(おりづる:家内安全と健康長寿)・巾着(きんちゃく:商売繁盛)・投網(とあみ:豊漁・豊作)・屑篭(くずかご:清潔と倹約)・吹き流し(織姫の織糸)の七つ。商売繁盛、無病息災など様々な願いを込めて、仙台では七つ飾りが飾られています。どこに飾られているのか、探してみてください。
下の写真は、「仙台七夕まつり協賛会」の提供です。
第66回湘南ひらつか七夕まつり
平成28年(2016)7月8日(金)~7月10日(日)
毎年、最終日が日曜日です。
平塚の七夕まつりは、戦後商業振興策として始められたもので、活発な商業力に裏づけられた日本一といわれる七夕飾りの豪華さに特色があります。中心街には約500本、特にメーン会場である「湘南スターモール」は絢爛豪華な飾りが通りを埋め尽くします。中には、10mを超える大型飾りもあり、活躍中のスポーツ選手や人気の動物、キャラクターなどの流行り取り入れた飾りも大きな特徴です。期間中は七夕飾りのコンクールをはじめ、パレード等各種催物がくりひろげられ日本を代表する夏の風物詩として発展してきています。さらに、セレクションで選ばれた湘南ひらつか織り姫が七夕まつり期間中、パレードや市中訪問など様々な行事でまつりを一層盛り上げています。
ただし!清水の七夕は本当に面白いんです。毎年見てて飽きない。
時事問題といいますか、当時流行っていた話題、世相を作品に持ってくるんですね。例えば、オリンピックだとか、アントニオ猪木だとかジャイアント馬場だとか、あるいは王貞治選手だとか、長島だとか、それに、ご当地なんですが、清水次郎長、三保の松原、最近ではちびまるこちゃんだとかエスパルスだとか、そんな話題になるものが清水の七夕飾りの作品になっている。
これは仙台でも平塚でもない、テーマ性がある飾りというのが毎年面白い。子供たちにも受けています。
それを七夕作りする商店は、ずっと秘密にしているんですね。『今年はどんなテーマの飾りか』は、ずっと秘密にしていて、なかなかお隣り同士、向かい同士、教え合わないんです。
七夕まつりの当日、『ああ!うちと同じじゃないか!』っていうのがいっぱいあって、よくピンクレディブームなんかの時には、1つの商店街に何店もピンクレディをテーマとした飾りが増えたり、あるいはサザエさんがブームのときには、サザエさんの作品がいっぱい増えたとか。
そういう中に、三保の松原だとか、日本平だとか、清水次郎長だとか、ご当地色のあるものがポツポツと出て、観光客、特に長野・山梨の方々はそんなのを見ると、『あぁ、清水の七夕まつりに来たんだなぁ』とお感じになったようなんですよ。」
「飾りの素材も、清水はこだわりがあるそうですね。」
「ええ。清水は、できるだけ和紙を使いたい。
そして、吹き流しというしっぽみたいなのがあるんですが、吹き流しの中をかき分け、かき分け、人の混雑する中をアイスキャンディだとかソフトクリームだとか、りんご飴・バナナだとか、そんなのを舐めながら歩いたっていう記憶が子供達には残っているんではないか。
だから、肌に優しい和紙素材、それに未だにこだわっていますね。」
さて、花井さんは、七夕飾りのコンクールで数々の賞を取った、七夕作りの名人でもあります。
「賞を取るのが目的ではないんですが、たまたま一生懸命頑張って作っている間に、規模が大きくなったり工夫が入ったりして、今までに商工会議所会頭賞・教育長賞・市長賞・県知事賞、1つだけとっていないのが、産業通産大臣賞。
当時、通産大臣といいましたけど、通産大臣賞というのだけはとっておりませんが、知事賞以下ほとんどいただいた経験がございます。」
「どんなところから、アイディアをひねり出していらっしゃったんですか。」
「できるだけアンテナを高く。テレビだとか週刊誌だとか新聞だとか、メディアの中で話題になっているものをできるだけダンボの耳で聞いて、目を大きく開いて見て、それで面白そうなことを自分の工夫と知恵で、和紙と発砲スチロールと、のりとはさみとカッターナイフで、約4ヶ月前からコツコツコツコツ家族で作り上げてきました。」
「4ヶ月もかかるんですか。」
「そうです。毎晩、店を閉めた後、一生懸命作って、『京花(きょうばな)』っていうんですけど、和紙で花を折り、それを開くわけですが、私どもの作品ではだいたい8,000~10,000個の花が要るわけなんですが、それはすべて家内が朝晩寸暇を惜しんで4、5ヶ月かかって8,000~10,000個折っていましたね。」
写真は、和紙で作った花をつけて作った「くす玉」
「縦横数メートルという巨大な作品も、数多くありましたね。」
「ええ、当然、(運ぶのには)車で運んだり、上げる時には滑車で上げないと重くて上がらないんです。
したがって、ちょうど商店街、私ども駅前銀座商店街の道幅が6メートルなんですが、幅6メートル、高さ3.8メートル、約4メートルですね。それぐらいの空間を埋めなきゃならない。
ということは、やっぱりスケールからいっても半端ではなくて、大変な作業です。
これだけのものが素人にできるというのは、教わったわけではないんです。子供のころから親たちがやっているのを見て、見様見まね、つまり『門前の小僧』みたいなもので、いつのまにかできるようになっていた。
たぶん、清水の商店街の人はみんな七夕造形作家であり、アーティストであり、職人さんじゃないのかな。1日、2日でできたことではなくて、63年という歴史の積み重ねが、清水の七夕まつりではないのかな。
これはやっぱり静岡市にとったら、すごい地域の資源だと思うんです。しかも、4日間で51万人位の皆さんが見て下さるわけですよ。
ということは、清水区最大の集客行事、しかも63年前に生まれた赤ちゃんは、今や63歳の初老ですよね。かつて自分が肩車されて見に来た七夕を、お孫さんを肩車して見に来ている。
3世代に関わってくる歴史ですねえ。この歴史を消しちゃいけない。みんなで作り上げた伝統です。」